【読書記録】『ベスト・エッセイ2020』日本文藝家協会編

 ベスト・エッセイ2020

ベスト・エッセイ2020

 少し遅くなりましたが、明けましておめでとうございます。奈良美佐です。

 皆さまにとってよりよい一年になりますように。

 また、少しでも早く「日常」が戻ってきますように。

 

 

 さて、今回はブログを始めて初のエッセイです。

 しかも、特定の作家さんではなく、様々な方が書かれたエッセイです。

 そりゃもう様々な方々が書かれています。

 だって、作家さん以外もかかれているんですよ、アートディレクターさんとか、数学者さんとか。しかもさすが「ベスト」エッセイ。皆さま、本当に素敵な文章を書かれているのです。その中でいくつか、気になった者を紹介したいと思います。

 

生島治郎さんの手紙』 大沢 在昌

ハードボイルド小説かになりたいという”夢”を”運命”へと変えた手紙。生島さんは「覚えてない」と言うけれど、大沢さんのことめちゃくちゃ可愛がってるっぽいのはその”手紙”が関係あるんだろうなあ。生島さんは既に他界されているけれど、大沢さんとの関係は本当に素敵なものだったんだろう。そして手紙はきっと生島さんにとっても宝物。それ以上に二人の関係は何物にも代えがたい宝物なんだろうけれど。

 

『ハートはピリオド』 河合 香織

可愛らしいたいとる、なのに中身はなかなか重い。世代とかいろいろ人の主観に影響を与えるものはこの世の中に多い。軽く書かれているけれど、おじさんのやった事は許せないけど、でも、同時に同情せずにもいられない。

 

『暖簾は語る』 青来 有一

大雑把に「内向」と「外向」に性格をわけた場合、「外向」に重きを置かれているような昨今に疑問を投げかける。私はどちらかというと内向的だ。仕事はできるけれど、関係のない人に事実とは異なる噂を振りまいて攻撃してくる仕事のイマイチな外交的な人にかなわない。現代の会社という場所は、内向的な人にはとても生きにくい場所だ。業務能力よりも政治力が、事務の仕事にだって重要なのだ。

おっと失礼、個人的な愚痴になってしまいました。

 

ティッシュの否定形』 伊藤 亜紗

東京工業大学で理工系の学生相手に芸術を教えているという。”あらゆる芸術作品は否定から始まる”とは初めてきいたが、読んでみてなるほど、となった。「ティッシュボックスを否定せよ」よいうお題に対する学生たちの回答は、普通にみたら荒唐無稽、でも「なるほど、芸術だ」とも思う。私にはまねできない。一番笑えたのがお題「ガムテ」の時の回答。斬新すぎる!”あることを言葉で否定するのは簡単だ。でも物で否定するとなると、相手のことをじっくり観察しなくてはならない。結果、その素材の意外な可能性が掘り起こされていく。芸術における否定とは、実は深い肯定なのである”という言葉にはうならされた。

……ガムテでこのエッセイに出てきたものを超える「否定」が私にできるだろうか。しばらく考えているけれど、なにも出てこない。流石だよ理工系の学生さん。

 

『動物の命を思う夏』菅 啓次郎

「戦時中の動物園」をみて考えたことが綴られており、戦時には国民の生殺与奪件は国家に握られているが、動物のそれは常に人間に握られており、人間はそのことに疑問を持たない、といったようなことだ。少ししかない描写も、想像するだけで胸が悪くなるものだった。ここで紹介されている書籍『いのちへの礼儀 国家・資本・家族の変容と動物たち』にも興味をそそられる。

 

『九十九の憂鬱』東 彰良

”自己嫌悪や劣等感が言葉を磨いてくれることに気付けたのは幸いだった。それまで誰かを不愉快にさせる以外に使い道のなかったそうした感情に、やっとほかの用途を見いだせたのだから”

この作家さんの小説を、私はまだ読んだことがない。でも、読んでみたいな、という気持ちになるエッセイだった。

 

『信じるチカラ』木ノ下 裕一

総じて、人が不安になる時は、何かを信じられなくなった時だ。家族や仲間、社会、そして自分自身……それらを信じられなくなった途端、私たちの眼は曇り、世界がくすむ。先生はよく、美術とは「自分で感じ取ったものを、美しいもの、よいものにするために手順や計画を考え、つくりあげていくこと」だといっておられた。

 

『お菓子の家』木皿 泉

”失言をする人がいる。パワハラとか、セクハラとか、なんでそんなこと言うかなあと首をかしげる。そういう人たちは、お菓子の家に住んでいたんだなと思う。丸々と太らされて、目の前に差し出されるお菓子ばかり見て、なぜそんなものが自分の前にあるのか、考えたこともない人たちが、この世にはいるのである。そういう人たちには、周りの人は自分のためにいるというふうに見えているのである。"一理ある、かもしれない。でも、その人がなぜそう考えたかはその人にしか分からない。決めつけてしまってよいものだろうか。

 

『梅雨の前に』奥本 大三郎

たくさんの桜の花びらがおちて地面を埋め尽くしている。梅雨の前にはよく見かける風景のひとつだ。それに関する話から始まって丹頂鶴で終わる。季節になぞらえて時代の移り変わりと人と自然の共存が見えて面白かった。

 

『ベストフレンド4ever』山田 詠美

塀の中の懲りない面々』の著者安部譲二さんについてのお話。読んだことないし、塀の中に入ってた人だし、という私のイメージを大きく覆す安部さんのあれやこれや。素敵な方だったんだなぁ。『塀の中の…』読むべきかもしれない。

 

『毎日が新しいという生き方』最相葉月

タイトルからは想像がつかない、認知症の話だった。そして暗くなりそうなこの話題を「忘れるというのは毎日が新しくなることで、それは新しい生き方ではないか」と紹介していた。目から鱗とは、こういうことか。

 

『「知りたい」という気持ち』三浦しをん

”「知りたい」は、自分以外の存在に目を向け、心やこの世界や生命の謎に迫らずにはいられない。私はそれを尊いと感じた。”

 

『冬と猫』島本理生

エッセイというよりは超短編小説みたいで面白かったです。ちょっとオカルトのにおいがします。

 

『仕合せなお弁当』高村薫

子どもの頃のお弁当に対する想い。定番のお弁当の中身はおにぎり、卵焼き、牛肉大和煮の缶詰かコンビーフの缶詰、ごく細い千切りにしたキャベツの塩もみにマヨネーズ。なんかいいな、と、思いました。

 

『隠棲』藤沢周

うわー、これめっちゃ私の気持ちを代弁してくれてるわ、と感じてしまいました。現代社会、政治への皮肉があるのだけれど、この一文”頑張ることは大事だけれど、この成果ばかりが求められる世の中で、「俺が、私が」と他人様を押しのけて、手柄を立てるだの、仕事が出来るだの、勉強ができるだの得意顔でしゃしゃり出て平然としていられる神経が嫌だから、社会に背を向けたくなる。”気が付くと私もそんな人間になっていた。それに気づいた時、社会に背を向けたくなって、今もその気持ちは変わらない。

 

堺屋太一さんを悼む』三田誠広

名前だけを知っていた堺屋さん、すごい人だった。地下水の汲み上げ制限を実施して大阪の地盤沈下を食い止め、経済的地盤沈下を憂慮して晩大阿久開催に奔走、また、資源エネルギーの部署に配属された時は日本経済の石油への依存度の高さに気づき石油供給停止の毛ねんから『油断!』を執筆したところオイルショックとなり本はベストセラー、更には万博準備中に修学旅行の宿舎手配をしていた時にある世代の高校生にカタマリがあることに気付きこのカタマリが問題を起こすのではと『団塊の世代』を発表しまたしてもベストセラー。こんな人がいたなんて!もしかして、この時代には結構いたのかなあ。

 

『声を忘れるとき、言葉を消すとき』牧田真有子

おじいさんがなくなり、肉声がどこかに残っていないかを探す。読みながら二つの事がよぎった。肉声ではないけれど、私は両親のメールを消さないように気を付けていて時々PCに転送したりしている。最近友達にペットを勧められることが多く、先日も友達の犬と戯れ癒されているときに「ペット飼いなよ」と言われて、少しその気になっていた。「ペット可のアパートに引っ越そうかな」と。でも、多分私はペットを飼ったとして、いずれ訪れるであろう別れには耐えられない。 

 

ここで紹介したのはほんの一部です。特に心に残ったもの、いいと思ったもの、を紹介したかったのですが、ほんの数ページのエッセイに込められたメッセージの重さ深さに私のつたない文章では紹介するのは無理だ、とあきらめたものもあります。

 

 今回も読んでいただきありがとうございます。

 

 by 奈良美佐

【読書記録】『「日本の伝統」の正体』藤井青銅 意外に新しいアレとかアレとか

「日本の伝統」の正体 (新潮文庫)

「日本の伝統」の正体 (新潮文庫)

 少し遅くなりましたが明けましておめでとうございます。奈良美佐です。

 2021年、1冊目の投稿は『「日本の伝統」の正体』藤井青銅さん著です。

 タイトルから想像できる通り古くからある伝統だと私たちが思ってる色んな事に対して、始まった時期や起源などを説明して、「ほら、意外に新しいでしょ」という本です。

 この季節、真っ先に思い出す"伝統"、初詣がトップバッターです。詳しい説明はここでは省きますが、この本によれば初詣の起源と思われるのは2年参り(歳籠り)と呼ばれるもので、それが鉄道会社の利害関係なんかとあいまって、定着したのが約130年前、ということのようです。

 ふんふん、なるほど。とは思ったけど、2年参りや恵方参りっていつ始まったの?というのが気になるところです。なぜなら、2年参りが何百年もの昔から定着しているものであれば初詣も立派な伝統と言えると私には思えるからです。

 また、逆に土用の丑の日にうなぎを食べる習慣については、江戸時代に平賀源内が夏にうなぎを売る手段として鰻屋さんにお奨めしたのが始まり、というのを信じていましたが、万葉集にも「夏痩せなは鰻がいいらしいから、石麻呂さん、漁ってきて食べなさいよ」という記述があるそうで、え、こっちは逆に古くからの伝統なの?!となりました。

 そして、東京遷都について、この本では"京都の方はいまだに遷都とは言わず奠都と呼びたがる"、"当時の合言葉は「第二の奈良になるな」"などと記述がありましたが、この話を京都の知り合いにしたところ怒られました。
「京都では東下りしたとしか言われていない」
明治天皇も京都に戻るとおっしゃっていた」
太政官令でも遷都令はでていない」
とのことです。もちろん、外で「日本の首都は京都って外で言ったらアホだと思われるけど」と付け加えられましたが、これは深堀が必要そうです。

 こんな感じで
①伝統だと思ってたけど、意外と最近始まったんじゃん!
②最近だと思ってたけど意外に古いんじゃん!
③どうにも、簡単に信じるのは良くなさそうだ。独自に調べなければ、という3要素があり、読了後も暫く楽しめそうな1冊でした。

 因みに、6つの章に分かれていて、それぞれ6~7のテーマについて解説されています。万願寺とうがらしの話には笑ってしまいました。

 ここまで読んで頂き有難うございました。
 皆様の読書の参考になれば幸いです。

By 奈良美佐

【読書記録】『キャロリング』有川浩 バイオレンス始まりにびっくり!クリスマスの奇跡

 キャロリング (幻冬舎文庫)

キャロリング (幻冬舎文庫)

  • 作者:有川 浩
  • 発売日: 2017/12/06
  • メディア: 文庫

 こんにちは、奈良美佐です。

 12/29です。

 今日が仕事納めと言う方も多いのではないでしょうか。

 

 今日の読書記録は『キャロリング有川浩さんです。

 「クリスマスなんかとっくに終わってるで~」という声が聞こえてきそうですが、そうです、終わっています。クリスマスに読もうと購入しておいて、前の本が終わらなくて今になってしまいました。実はもう1冊『ポワロのクリスマス』も買ったのですが、これは……来年に回そう。

 

 で、この『キャロリング』、いつもの通りクリスマスの話、と言うこと以外は前知識なしでよんだのですが、めっちゃよかったです。恋愛もので久々に泣きました。そりゃもう、多分前に恋愛ものでないてからだと10年以上たっていると思います。

 

 そして、始まり方もびっくりです。クリスマスのキラキラしたお話かと思って本を開いたらいきなりバイオレンスなんです。主人公の一人大和が「大和俊介、享年三十二――墓碑銘どうする?」ていきなりP10で考えてるとか、これからなにが起こるんだろう、と想像を掻き立てられますね。

 私は、ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ、この俊介が魂になって、心残りになっちゃった人達を幸せに導く、なんて話を想像しましたが大ハズレでした。

 

 <あらすじ>

 大和俊介は両親とは絶縁状態で、子供のころからお世話になっている英代おばさんの子供服の会社で働いていたが、経営状態が思わしくなく、このクリスマスで廃業することになっていた。この会社には俊介の元カノ柊子も働いていて、俊介はまだ彼女の事を思いきれないが、このまま廃業したら、もう会うことは無いかもしれない。又、この会社では、学童保育もしていて、そこに航平という心を開いてくれない子供がいた。廃業と言うことで、この子以外は他の学童に移っていたが航平は来年からアメリカにいくとかで、ぎりぎりまでここを利用しているのだ。航平の家庭にも問題があって、両親は別居、離婚の危機に瀕している。

 

 とここまで書くと有川作品をたくさんよんでるかたは、『キャロリング』はまだでも、どんな奇跡かは想像がつくかもしれませんね。でも、その過程はなかなかわからないのではないでしょうか。

 

 航平はバリキャリの母親と二人暮らしなのですが、ここにのんびりな父親が登場し、父親の職場にいる大嶽というおじい…おじさんが加わって、さらに父親の職場のビルオーナー(登場しません)のたくらみなんかが加わって、エライことになります。

 

 エライことになるのですが、登場人物には誰一人極悪な人がいなくて、でも事情を知らなかったら極悪にしか見えないんだろうな、って人もいて、ホワホワしたり、真面目に考えさせられたりしました。

 

 考えさせられる、と言えば作中に何度か出て来る言葉「比べったって仕方ない」。これがこの作品のテーマなのかな、と思いました。ときには比べることも必要かもしれません。それで気持ちを奮い立たせることが出来る人もいるでしょうし、逆に心の傷を癒す事ができる人もいるかもしれません。でも、比べるだけでは状況は変わらないんですよね。一旦は比べても、次に進まなければなりません。人と比べて自分が落ち込んでしまったときは、この言葉を心の中で唱えたいと思います。

 

 又、このお話、少しですがお花もでてきます。有川浩さんの『植物図鑑』を思い出しました。こちらも素敵なラブストーリーです。また、機会があれば再読したいと思います。

 

 今回は今更、なクリスマスのお話でした。新年一発目は何を読もうかな、と頭を悩ませています。今年の1冊目は『面白くて眠れない古事記』だったなあ。なにか、日本っぽい本を読みたいと思います。

 

 by 奈良美佐

【読書記録】『飛ぶ教室』E・ケストナー 寄宿学校の生徒が主人公のクリスマスの優しい物語

 飛ぶ教室 (ポプラ世界名作童話)

飛ぶ教室 (ポプラ世界名作童話)

 こんにちは、奈良美佐です。

 皆さま、クリスマスはいかがお過ごしでしょうか。

 私はイブの12/24(木)は家→仕事→家、で、当日の12/25は家→仕事→お気に入りのカフェで今回の本『飛ぶ教室』byエーリッヒ・ケストナーを読んで→家、と本少しだけクリスマスっぽい日を過ごしました。

 え、どこがクリスマスって?

 『飛ぶ教室』はクリスマスの時期のある寄宿学校の生徒たちを主人公にした、児童向けのお話なんです。タイトルは生徒の一人が脚本を書き、みんなでクリスマス会で演じる劇のタイトルです。

 

 読み始めは、別の学校の生徒との諍いで「要求はなんだ」と相手に聞いた時の答えが「俺たちの旗を破ったことについての反省文と謝罪だ!」て「は、反省文って」とクスリと笑ったり、結局殴り合いになりその後先生に事情を訊かれた時に「有史以前からのしがらみなんです」と答えてるのを読んで「有史以前とかありえへんし、背伸びして小難しい言葉つかうの子供らしくてほほえましいわー」とか、いや、もう、面白いといえば面白いけど、どこが名作なんだろう、って感じでした。

 

 でもね、やっぱりさすが名作。少しずつ変わっていくんです。

 主人公の生徒たちはそれぞれ問題を抱えていて、克服しようとして失敗したり、でも、その結果本当に大切な事に気づかされたり、生徒たちに愛されている先生にもある心のしこりがあって、それをひょんなことから知った生徒たちがとってもサプライズなクリスマスプレゼントで取り除いてあげたり、たくさんのドラマがありました。

 

 そして、クリスマス休暇には、大抵の生徒は親元に帰るのですが、ある生徒は帰ることができません。クリスマス前に両親から手紙とお金が送られてくるのですが、そこには「ごめんね、汽車に乗るのに十分なお金を準備できなかった」という言葉と愛の言葉が。

 両親は彼を愛していて、帰って来てほしいと思っています。彼も両親を愛していて帰りたい会いたいと思っています。友達はみんな彼が帰るものとおもっていて、お金のせいで帰れなくなったなんて言えません。なぜ言えないのか。そこは詳しくは書かれていませんが、なんとなくわかる気がします。とても切なくて哀しいです。誰か、気づいてあげて!助けてあげて!と思いました。

 彼にはどんなクリスマスが訪れるのでしょうか。

 名作と呼ばれる所以がわかると思います。

 

 また、あとがきで、本書には載せられなかったけれどこの物語には長い前書きが2つと、長いあとがきが2つあるとの事でした。どこかで、それにも出会いたいと思います。

 特別なことはありませんでしたが、この物語のおかげでほんの少し素敵なクリスマスになったと思います。エーリッヒ・ケストナー先生、ありがとうございました。

 

by 奈良美佐

 

 

 

【読書記録】『ノースライト』横山秀夫 消えた依頼人を追う建築士、その裏には以外な真実が……

 

ノースライト

ノースライト

 

    こんばんは。

 今年も終わりに近づきました。

 皆様いかがお過ごしでしょうか。

 奈良美佐です。

 

 さて、今回の読書記録は横山秀夫さん著『ノースライト』です。

 家族の崩壊と再生、友情、仕事のプライド、そして仕事への愛、様々なものが絡まった胸熱な小説でした。「週刊文春ミステリーベスト10 2019」国内部門第1位、2020年(第17回)本屋大賞 第4位の作品です。

 

<あらすじ>

 建築家の青瀬は吉田という夫婦に新しく建てる家の設計を依頼されます。「あなたの住みたい家を建ててください」。そしてその依頼は、バブルの崩壊などの影響により建築士として腐っていた青瀬に再び命を吹き込む、大きなきっかけになりました。青瀬としては満足以上の仕事ができたのです。ところが、11月に入居している筈の吉田夫妻がそこには住んでおらず、ブルーノ・タウトゆかりの椅子が残されていました。なにかあったのでは?事件にまきこまれたのでは?実は家が気に入らなかったのか?建築士としてのプライドと吉田夫妻への心配がないまぜになった気持ちで、夫妻の行方を追い始めた青瀬はそこから以外な事実にたどりつきます。

 

 この物語の一番の見どころは、もちろん吉田夫妻がなぜ、何処へ消えたのか、と言うことですが、これを書いてしまうと完全にネタバレになってしまうのでそれは出来ません。だた、とても納得のいくよい結末でした。

 

 また、物語を通して、最初は「自分としては最高の家を建てたのに、入居していないのか?」と疑念を抱くも、気のせいだとやり過ごす→ひょんなことから「入居していない」可能性が高いと思い家を見に行く→入居していない上になにかおかしい。そして電話以外にただ一つ持ち込まれた椅子それが”ブルーノ・タウト”の逸品である可能性に気づき、タウトと吉田を追っていく、と少しずつ、段階を追って「ミステリー」なっていく感じが読み手としてはたまりませんでした。

 

 そして、タウトについても興味深い記述がたくさんありました。タウトはとても有名な建築家で、でも事情があって日本ではあまり建築物は遺していませんが、その代わり沢山の家具や工芸品を残しているそうです。その中で私が一番気になったのは『タウトの日記』『日本文化私観』『日本の家屋と生活』等の著作です。日本人が忘れつつある日本の美しさ、それらを再発見し、外国人である彼が持つ感性と再構築されることによって、日本唯一の建設物である”旧日向別邸”のような名作が生まれたのではないでしょうか。

 旧日向邸の記述で、”竿竹に吊られた、五十や百ではきかない数の裸電球を改めて見上げる。それは天上の左と右に一列ずる配されていて、隣の客間に向かって伸びている。真っ直ぐではない。電球の列は多少くねっているし、よく見れば電球のコードの長さも不揃いだ。わざとそうしたのだろう。タウトの術中に嵌ったというべきか、その演出は、父に連れられ、いつかぢじじゃび「村で出かけた夏まつりの縁日を彷彿とさせた”とありました。これを読んで、全然関係のない小泉八雲を思い出しました。彼もまた日本に魅せられた外国の血を持つ人です。そして着眼点は勿論違いますが著書『日本の面影』で祭りについて言及しています。タウトについては”祭”と感じたのは青瀬の感想ですが、もしそれが間違いないのであれば、日本の祭の風景は特別で、文化の違う人からみるととても心に深く刻まれるものなのかもしれない、考えずにはいられませんでした。

[旧日向別邸]f:id:misa0524:20201221153834p:plain

 この小説の中の記者の会話によると、タウトを日本贔屓にしたきっかけは桂離宮との事です。今はコロナで閉鎖されているようですが、見学が可能になったら是非行ってみたいと思います。

 [桂離宮]

f:id:misa0524:20201221154126p:plain

 ちなみに私はタウトを知らなかったのですが、この本の中ではこのように記述されています。

第一次世界大戦後の表現主義を代表する建築家……。アルプス建築を提案したユートピアン……。大規模な集合住宅(ジードルング)の設計者……、色彩の魔術師……。類まれな画家であり作家……。思想と哲学が複雑に絡み合った建築理念は眩しいばかりで掴み所がなく、理解の緒に就くことすらかなりの時間を要しそうだった。”

 なんだかわからないけれど、とにかく凄い人だったんだな、と言うことが伝わってきます。

 

 そして、行方不明の吉田を追う中で思いもよらぬ「え、そこ繋がんの?!」という事実も明らかになります。それは、読んでのお楽しみ、ですが。

 ここに書ききれませんでしたが、親友岡嶋との友情や、岡嶋の家族、主人公の青瀬の家族、吉田の家族、等、色々な要素が絡みあい、今このブログを書いている最中も胸が熱くなるほどです。

 

最後に……

 ”建築士をしていればわかる。人が家に抱く拘りは単なる趣味や嗜好にとどまらない。個々の価値観や秘めた欲求が炙り出される。それは未来志向というより、むしろ過去に根ざしている。来歴が耳元でひそひそ囁きだすのだ。何が大切で何が大切でないか。何が許せて何が許せないか。”

 

あなたはどんな家を建てるのでしょうか。

 

by 奈良美佐

【読書記録】『十二国記1 月の影 影の海』小野不由美 大人気シリーズの一作目

 十二国記シリーズ 1 月の影 影の海 上下巻セット (新潮文庫)

 

 「これから始まるんかーい! 笑」

 というのが読み終わった時の最初の感想です。

 さすが1992年スタートで昨年も続きか発刊された人気シリーズ。

 

 こんにちは。

 奈良美佐です。

 

 今回の読書記録は大人気作品『十二国記1 月の影 影の海』小野不由美さん著です。

 一年以上前に買っておいてやっと読めました。

 12月12日って十二国記の日なんですね。よいきっかけになりました。

 とはいえ、読み終わったのは12/13になってしまいましたが。

 

 この本、発売当時の1992年、クラスメートが教室で読んでて「それ面白いの?」ときいて「おもしろいよ」「ふーん」てな会話をしたのに、読まなかったんですよね。というのも当時の私は氷室冴子さんや藤本ひとみさん等のコバルト文庫群にドはまりで、他のものにあまり興味をもっていなかったのです。なんて視野の狭い……。

 本当にアホだったなー、と思います。

 おんなじラノベなんだから、仲間じゃないか!て今なら思います。

 

 そう、ラノベなんですよね。読んでる途中でラノベであることを忘れるほどしっかりと作りこまれた世界観と重厚感ですがラノベなんです。とっても読みやすいんです。当時の私でも読めたであろうほどに。

 

 <あらすじ>

 真面目で誰とでも問題なくやり過ごす女子高生陽子は一か月間奇妙な夢に悩まされていた。そしてある日、学校に奇妙なケイキという男が現れると同時に夢に見た妖獣に襲われ、逃げる為にケイキに連れていかれたのは十二の国から成る異世界だった。逃走中に敵に待ち伏せされ襲われた陽子はケイキとはぐれてしまい、ただ一人で異世界をさまようことになる。道中も妖獣に襲われたり、人に騙されたり、幻影に悩まされたり数々の困難が陽子を襲う。

 それまで、普通の生活を送っていた陽子だが、生きるために戦い変わっていく。

 なぜ彼女は襲われたのか、なぜ彼女は異世界に連れて来られたのか。

 

 最初に読み始めたときは凄く懐かしい感じがしました。発売された1992年当時、めちゃくちゃラノベを読んでいたのでそれとなんとなく通じるところがあったんですね。それで「これ、あの頃読んでだらドはまりするんだろうなー」と読み進めていきましたが、今でもドはまりしてしまいました。ただ、完成が鈍ったのか、体力がなくなったのか、徹夜して読むほどにははまりませんでした。多分、体力面ですね、認めたくないけど。

 

 それにしても何にこんなに引き込まれたのかな、と自分でもよくわかりませんでした。この小説、私の苦手とするファンタジーなんですよね。1992年当時はファンタジー大好きでしたが、大人になるにつれ、作りこみが足りないファンタジーのご都合主義なところが、どうにも楽しめなくて避けるようになっていました。

 でも、この小説は本当によく作りこまれています。

 読んでて矛盾を感じません。

 陽子は死にかけますが死なないんです。でも、それにもちゃんと納得できる理由が用意されているんです。

 

 そして何よりも惹かれるのは陽子の弱さと、戦うことや葛藤することで少しずつ手に入れた強さ。元々弱かったからこそ、共感できて、言っていることがわかるんです。

 

 物語の中で陽子はこんなことを考えます。

 

「死にたくないのでは、きっとない。生きたいわけでも多分ない。ただ陽子は諦めたくないのだ」

 

 陽子が直面している現実とは比べ物にならないほどのあまっちょろい世界で生きている私。でも、死ぬ事を考えることが何度もありました。頻度は減りましたが今もあります。その時、死は少しの恐ろしさはあるものの、むしろ優しいものなんです。でも、死なない。まだ生きています。

 死ぬのが怖いのももちろんあります。家族を悲しませるのが嫌だという気持ちもあります。でも一番の理由は「まだ諦めたくない」という気持ちがあるんですね。まだ、やり切っていないことが。

 死にかけても、自分を失いかけても、自分の汚さ愚かさを目の当たりにしてそれを認めてしまっても、生きる事をあきらめない陽子。励まされました。

 

 そして、こんなセリフもありました。

 

「裏切られてもいいんだ。裏切った相手が卑怯になるだけで、わたしの何が傷つくわけでもない。裏切って卑怯者になるよりずっといい」

 

 これは折込チラシにも書いてあったものです。

 旅の途中で、陽子は信じた人に何度か裏切られ、人を信じることが出来なくなってしまいます。そして、助けてくれた人にも失礼な態度をとってしまったり、あまつさえ見殺しにさえしようとします。その後に、自分を取り戻し、一度は見捨てた人を捜しに行くときのセリフです。

 

 相手に理不尽な事をされると理不尽で返したくなります。自分が損をしたくないからだと思います。でも、それって負の連鎖なんですよね。理不尽な事をする人が得をしない世の中になればいいんですが、なかなかそうはいきません。こういう強さを持ちたいと、憧れはしますが難しいですね。

 

 そして、最初の「これから始まるんかーい 笑」ですが、そう、この「月の影 影の海」はシリーズの序章にすぎないのです。陽子が様々な困難を克服して、新たな一歩を踏み出す、そんなところで終わっています。次を読まずにはいられません。

 

 <おまけ>

 雁国に入った陽子はそこで、陽子と同じように日本から流れ着いた男と会います。その男は「安田講堂からでてきた」と言いますが、陽子はなんのことかわかりません。私も分からないので少し調べてみました。

 

 1960年代後半、学生運動が盛んな時代に東京大学の医学部自治会および青年医師連合(卒業生が所属)1968年登録医制度反対などを唱え、に始まる東大紛争を展開し、大学側は「医局員を軟禁状態にして交渉した」と17人の学生の処分を発表したが、その中に明確にその場にいなかった1人が含まれており、このことが学生側の更なる怒りを招き安田講堂の一時占拠となり、最終的には警視庁機動隊がバリケードの撤去等出動するに至った事件。

 ja.wikipedia.org

 

 ちょっと書きたい事が多すぎで冗長になってしまいました。


 by 奈良美佐

【読書記録】『そして、ユリコは1一人になった』貴戸湊太著 ホラーが仄香る王道学園ミステリー

 【2020年・第18回「このミステリーがすごい! 大賞」U-NEXT・カンテレ賞受賞作】【テレビドラマ原作】そして、ユリコは一人になった (宝島社文庫 『このミス』大賞シリーズ)

おはようございます。

 

 すっかり空気が冷たくなり、寝床から朝抜け出すのが辛くなりました。

 皆様いかがお過ごしでしょうか。

 私はいつも通り、部屋やカフェや某ファストフード店で読書をしています。

 今回、読了したのは貴戸湊太さん著『そして、ユリコは一人になった』です。

 

 前々から気になっていたんです。

 というのもワタクシ、貴戸さんをTwitterでフォローしてまして、このかた読了ツイートをした読者に丁寧に「感想ありがとうございます」とコメントされているのを何度か見かけて「素敵な方だなあ」と常々思っており、そんな方が書いた小説がどんなものかと興味をそそられていたんです。

 

 でも、この話ご存じの方も多いかもしれませんね。

 なぜならこの小説は2020年の第18回『このミステリーがすごい!』大賞でU-NEXT・カンテレ賞を受賞し、今年ドラマとして玉城ティナさん主演で放映されていたからです。

 気になっていたくせに、ドラマを見ていなかった私……。

 いや、見たいと思っていたんですよ。でも、決まった時間にテレビをつけるとかそういうことが苦手で、しかも、うちのテレビには録画機能がないんです。そもそもあまりテレビっ子でないので、今後録画機能が付いた何かを購入する気もありませんが。

 

 ……前置きが長くなりました。

 

 <あらすじ>

 矢坂百合子が親友の嶋倉美月と入学した百合ケ原高校、そこには「ユリコ様伝説」というものがあった。ユリコ様は50年前にいじめと失恋が原因で投身した生徒で、それ以来ユリコという名の少女は一人だけ逆らう人に不幸が訪れるという特別な力を持つことができる。しかし「ユリコ」という名の生徒が2人以上いた場合は自然淘汰されて、学校に来なくなり、残ったユリコが「ユリコ様」となる。

 最初は半信半疑の百合子だったが、昨年のユリコ様にたてついたものが校舎から転落したり、ユリコ様の力を「前借り」できるという制服の下に赤シャツと三つ編みという格好で登校した日、百合子をいじめていた生徒が事故にあったりと事件が続き、次第に不安を覚えていくが、親友の美月に「呪いではない、全ては人為的なもの」と説明され安心する。

 そんな矢先、別の「ユリコ」が事故で死亡し……。

 

 こういう学園ものって、都市伝説的なホラーがあって、事件があって、呪いなのか事件なのか、というのがまず問題になりますよね。そして、親友の美月は事件として、推理を巡らせ解決していきます。

 

 事件として考えたとき、犯人を当てるのが楽しみの一つでもありますよね。何となく「この人怪しいな」という人はいます。私は騙されたともいえるし、当たったともいえます。皆さんはあてられるでしょうか。そして、その説明はできるでしょうか。私は説明が出来ませんでしたが、ヒントはちゃんと描かれていました。推理しているつもりでボケーっと読んでいた私の完全な「負け」でした。

 そしてもうひとつ、呪いは存在するのがどうか。私の意見としては呪いは存在していて、それは人の負の感情が集まって発生してしまう物なのかな、と思いました。皆さんはどのような感想を持たれるでしょうか。

 

 ミステリーとして退屈させない構成になっていて、そこここにヒントが隠されていたり、想像を何度か裏切られたり、とても楽しめるものでした。そしてとても読みやすい文章で、ツイッターで気になっていた通り、読者の事をよく考えて書かれた作品なんだろうな、とも思いました。

 

 小説なんて、何万文字も書かなければ(打たなければ?)完成しないもので読者の読みやすい物を、なんてすごいな、と思います。

 たかだか1000字や2000字程度のブログでもできている自信がありません。

 

 ちなみに、この小説の百合ケ原高校は、50年前は女子高で20年前に共学になったのですが、共学になってまだ長くないこととユリコ様伝説の影響があって、女子生徒の力が圧倒的に強いそうです。

 それってどんな感じなのかな。

 気になるところです。

 

 by 奈良 美佐

 ドラマ「そして、ユリコは一人になった」オリジナル・サウンドトラック