『犬と少年』馳星周 飼い主を渡り歩いて旅をする犬の不思議な話

直木賞受賞作

「賢い犬だ」
六編の物語、それぞれの主人公がこの犬の出会った時に必ずもつ感想。

それ程に、この犬は賢い。
不要に吠えることもない。
教えられなくても飼い主にとっての正しい行動をとることができる。
そして、多聞を拾う"飼い主"達にはある共通点があった。

東日本大震災後を舞台にした連作短編集。

「男と犬」震災後の混乱で仕事はないが、認知症の母親を抱えお金が必要な男の話。ヤバい仕事に足を突っ込んでいる。彼はコンビニで犬を拾うが、一緒にいると事がうまくいくような気がする。犬の事を"護り神"というが…


「泥棒と犬」泥棒をして生計をたてているミゲル。一見悪党だが、人間はそんな簡単なものではない。故郷のあれこれ。子供のころ一緒に過ごしたショーグンとこ思い出。「あんたの魂はまだ腐っちゃいない」といってくれるトラック運転手と出会うが…


「夫婦と犬」子供のように天真爛漫な夫は多聞をトンバと名付けた。そんな夫に不満をもつ妻はクリントと名付けた。異なる名前で同じ犬を呼ぶ、そんな夫婦と犬のいく末は…


「娼婦と犬」娼婦をしている女は夜のドライブの帰りに犬を拾う。彼女の彼氏は問題のある男で、彼女の決断は…


老人と犬」猟師をしている独り暮らしの老人の元に多聞は訪れる。彼はある苦しみを抱えていた。そんな時、熊が現れたと騒ぎが起こり…


「少年と犬」東日本大震災被害を受けた家族の元に多聞はやって来た。ここには震災以降、口をきかなくなってしまった少年がいて…


全体的に淡々と話は進む。その中に複雑な人間の感情、社会問題が織り込まれていていて、それぞれが胸を突き刺す。犬は何も言わない。ただ、少しの仕草や表情で気持ちを伝える。飼い主達がそこに見たのは、本当に多聞の気持ちか、彼らが見たかったものか。家族、孤独、正しさ、優しさ等色々と考えさせられたが、読み終えた後はなにか温かいものが残った。